川崎市カリタス学園事件で感じる今後私達が歩く方向性
昨日は悲しい事件が起こってしまいました。
被害者の方々には、御冥福をお祈りします。
そして遺族の方々に、お悔やみ申し上げます。
昨日、私はニュースでとても悲しい事件があった事知りました。内容は1人の男性が次から次へとナイフを、振り回し切りつけて行ったのです。被害者は19名その中には多くの児童も含まれ、死亡者まで発生してしてしまった悲しい事件です。
私はこんな事件を見るたびに、とても憤りを感じてニュースを眺めていました。加害者側から被害者側への怨恨や動機が無い暴力の暴走、そして死にまで追いやる行為、何故関係の無い人達がこんな悲しい現実に巻き込まれなければ行けないのか、どうしても感情の行き場を無くしてしまうのです。
そもそも、確かに犯罪を犯してしまう加害者が全て悪いのです。そんな加害者に、例えどんな背景があろうとも許されてはいけない事件です。其れだけは間違いの無い事実です。
私たちは被害者の気持ちに悲しみ同情し嘆き、そして加害者の罪を憎みそして、加害者には罪を背負って貰う。ここでピリオドを打ってしまって良いのでしょうか?
本当に犯罪を犯してまう加害者は特殊な人達なのでしょうか、そう言った人達はある種の病気みたいなものなのでしょうか。
この先にはそう簡単に次なる加害者と被害者が現れたりはしないのでしょううか。社会が目まぐるしく変化する時代、色んな文化や技術の発展が急速に高まっている現代、何か発展を遂げて来たぶん知らない内に、何か特別な何かを見落としてたりしてないのかと自問自答してしまいます。
身近で良く感じてしまう事柄についてですが、たくさんの人たちの生活の中にストレスを背負い嘆いてる人達の声、ブラック企業に怯えて勤めてる人。便利な世界に成長した現代社会とは裏腹に生きにくい文化に育っていった社会問題。確かに世の中には本当に大変な境遇のなかでも頑張って逞しく心身共に健康的に生きてる方々も沢山いらっしゃいます。
学歴トップクラス
高収入や、金銭的富裕層
能力主義、結果主義
そして利便性の高い経済や文化主義
これらは全てに置いて素晴らしい題材で有ります。ですが、もう少し注目して欲しいのです。
個人が1人の人間として本当の幸せとは何か、
愛情の溢れやすい、
人間関係
経済
文化
町
国
作り。
私は出来る事なら、こんな悲しい事件が生まれ難い社会とはどんな世界なのか、そんな世界観に興味があります。罪を犯したひとは、罰を受ける物です。ですが失ったものは元には戻せません。何かを無くしてそれについての対応するのでは無くて、そもそも何かを失わない手段があるはずだと、注目出来れば良いのにと願っています。
本当に御冥福をお祈りします。